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ははっ。滑稽だ。 如何にも弱くて死にそうな俺──恭平をカモろうとして。手出しして。 今。 必死の形相で炎や電撃、挙句の果ては重力波や氷、精製した武器で俺を叩き殺そうとするも。 その歩みを止められず。即時に殴られ。蹴られる。 確かに俺の周りにはおびただしい血が流れている。 でも。 もう既に身体の感覚なんて無くて。 それでも。 身体が単なる反射だけで動かせるなら。 うごかして。 ドスッと。大きな音がして胸に穴が空いた。今度は石の槍か。 それまで動いていた身体の自由が効かなくなり膝から後に倒れる。 仕立てのいいスーツを纏っていたイケメンさんも本当に見る影も無くボロボロになっている。 さっきの槍で俺が倒れたのを見て怯えを取り払い、ホッとした顔をしていたのを見て溜飲を下げる。 散々暴れた後からか。止めを刺そうとする男の姿が遠くに薄くに見えた。 死に近づいている。──時間か。 もう一度。命と自分というリソースを支払ってでも。 あきほを さきを護る為ならば 鬼にだってなってやる── 動け動けと繰り返し呟いた。 あいつらがいるから今此処で退場するわけには…いかないんだ…… だから誰か 助けてくれ どんっ、と音が爆ぜた。 続けて大きな音。 その音と共に男の身体に大きな穴が空き。衝撃により浮き上がり。続けざまの重い銃撃で人形のようにゆらめいた。 「ぐっがっ……がっ!?」 血を流し、倒れる事も許されず。終わる事の無いような続けさまの銃弾は男の命を削る。 不規則な弾道はかわそうとする男の回避行動を嘲笑うかのようにはっきりとしてゆるやかな軌跡を描いて突き刺さった。 ぱぁん。 穴が空き、男の額が弾け血が流れる。その血はキラキラと黄金のように光り輝いていた。 ボコボコと音を立てて傷がみるみるうちに回復する。 「ちぇー。しぶといでやんの。ひじりん。やっちゃってー」 崩れ落ちた恭平を起き起こし支える秋穂の後から場にそぐわない呑気な台詞の男。 そして。 学生服の少女の掌より生まれるあたかも地を焼き天をも焦がすとも思える圧倒的な業火。 向けた指先からそれが放たれ。男を包み焼き焦がす。 獣のような叫び声。男は悲鳴をあげて立ち竦む。 助けが来てくれた。 だから。もう心配要らない。 俺は唇に力をこめた。 男が求めていたもの。 鬼達の命を狩る為に。 自らが輝くために。 ”永久に輝く黄金”とよばれた男は──駆け、腕を振り上げた。 鬼の少年と。それを護る少女に向けて。 ──おれは、おまえたちのような卑金属を潰して『輝く』存在なんだよッ!── 声にならない感情を秘めたまま。疾走する。 「そうかい」 ふと。この空間に。 一人の”影”が割り込んだ。 それは黒の外套を纏った少年の形。 手には抜き身の刀。蒼色の炎をその刀身に纏わせる。 一瞬の交差。 蒼が空間に奔り。男を袈裟懸けに裂く。 残されたのは一揺らぎの蒼の炎。それすらも掻き消える。 「心の黄金は独りで磨き上げられない。己を磨く事無く他者を利用するだけの彼のその黄金の道は此処で潰える」 少年の形のものは誰に言うでも無く呟き、やれやれと肩をすくめる。 そして。俺と秋穂と。そして倒れたサキを順に見る。 そしてもう一度俺に眼を向ける。 「君は君自身の道に迷っていたようだけれど」 踵を返し。刀身をその外套の中に隠す。 「もう君の答えなんて出てるじゃないか。神原恭平」 なんだか。そいつは。俺の事を知っていて。 俺の答えにならない答えを。この場ですっきりばっさりと『断ち切ってくれるような』。そんな気がしていた。 ああ。こいつは。俺の迷いを問答無用に『断ち切ってしまう』そんなやつだ。畜生。 「君は君自身傷ついて苦しんできたから──誰かを幸せにしたいんだよ」 一歩そいつは俺から離れる。連城やテッドはこの場に残ったまま何処かに連絡をしているようだ。 「自分はどうなってもいい──代わりに誰かを──ってね」 又一歩離れる。 「神原恭平。今の君にはもう答えは出ているよ」 赤の世界は蒼に蹂躙され。元の色を取り戻す。 連城が撃ち放った炎が火災感知器を感知させ、スプリンクラーを作動させる。 周囲に巻かれる水。そして虹。 「君らしく君の道を歩んでいくといい。僕は──其れを祈っている」 「・・・・・・おまえ・・・は・・・?」 俺はかすれたような声しかでなかった。そいつがこの場を離れようとした時には俺には「傷なんてない」って事に気づかされた。 倒れたサキも。血溜まりになっていた筈の床も。破損した店内も。 何もなかったように。──なっていた。 変わったのは。 そいつにつきたてられた心の刃。 「僕は人として生まれ出でて人ならざるもの。牙持ちて災いを狩るだけのおおかみ」 「そう。だから──牙狼の王と呼ばれる」 |
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