−６−

……僕なら女子とあんな付き合い方出来ないなぁ…

僕──津嶋　皓はデパートで女の子二人掛りの荷物持ちをしている後輩の神原　恭平の様子を見てふぅと息を吐いた。
先日、UGNの美鈴さんから”永久に輝く黄金”と呼ばれるファルスハーツエージェントを捕縛する、という仕事を請けた。
これは実は半年前ほどに僕も関わったトラブルにより逃がしてしまったエージェントであり少しだけ気にかかっていた所だったのだ。
その時はあいつは大量のジャームを操り、魔眼と呼ばれるモノで重力を操り、業火を生み出し、光を屈折し……
思い出すだけで多種多様な『力』を繰り出してきたものだった。


圧倒的だった。
僕を含め作戦に参加して対峙したオーヴァードはあの力に悉く倒れ、深手を負わせるも後一歩の所で逃がした。
強かった。
木刀で打ち据えても。銃弾に貫かれても。氷柱に刺し貫かれても。悠然と立ち上がった。
砂の刃で。炎の弾丸で。植物を束ねた槍で。僕らを打ちのめした。

でも。こういってはなんだが。
──『負ける気がしなかった』のはなんだろうか。

負け惜しみだろうか。これは。
軽く身震いする。僕はそこまで驕っているのか…？
半ばお守りともなった木刀を袋の上から握りなおす。
もし今もう一度遭遇したならばその驕りを飲み込んでしまおう。今日はそのために来たんだから。

横を歩く亮がふいに僕を見る。
「サキさんが二人から離れるね。僕らは彼女を追おう」
僕は頷いて。荷物を抱えなおした。

亮──北条　亮はUGNに所属するUGNチルドレンだ。今回も前回の時も僕と同席している。
やや直情的に動いてしまう僕とは違い、幼い時より繰り返されてきた訓練の所為か冷静に事件に対処出来る。
そんな訳で今回僕の相棒として行動しているわけだが。


「女性服売り場を男二人でうろつくのって…疲れるよね…」
どちらともなくこんな言葉が生まれ出た。

対象のエージェントが狙っているのは神原と眼前の少女サキさんの──命。
アルカナセルというファルスハーツのセル…グループを彼らが壊滅させた事で残党から逆恨みされているらしい。
”永久に輝く黄金”はその残党。簡潔に事情説明された時はこういう話になった。
美鈴さんにはぐらかされた気もするが。詳細は必要の無い事なのだろう。


僕らの他に二人、連城さんとテッドさんが護衛に当たっているみたいなのでそちらに連絡。
了解を得てサキさんの方を追尾する。先に二人が神原に接触しているので彼女の方は、という理由らしい。

いっそ、何気ない風にして声かけて行動を共にした方が楽かもしれないな。
そうちょっと思った。

「でもさ。亮」
何、という風に振り向く。神原と三浦さんは昼食スペースの所に置き去りにしてきた。

「こういう場合は何て声掛けたらいいんだろうね」
「………」

二人押し黙った。
正直僕らはあまり異性と共に行動するタイプじゃない。
亮はUGNチルドレンだから事件の際に同伴する場合はあるけれどあくまでそれは仕事であって。
僕の場合は部活で交流する機会は少しはあるけれど。どちらかといえば体育会系の付き合いなので。

あくまでプライベートでショッピングに来ている女の子に声かけて同行する機会なんて無い。
健全な高校生が何を馬鹿な、という事も言われるだろうが。これが事実だったりする。

亮は少し思案して。
「このまま続けよう。同行者が多くなると向こうも警戒して出て来なくなる」
それもそうか。

あくまでこれは”二人”が”ホームグラウンドを離れて”共に行動しているという状況で。
それを狙う”永久に輝く黄金”を誘い出す事を目的とした囮作戦なのだから。
人数を増やして警戒された結果、また潜まれたなら。折角得た出没の情報は無駄になってしまう。


とと。
彼女は女性化粧室に入っていった。流石に僕らはどうにもならない。
暫く近くの婦人用高級アクセサリーのショーケースを架空の彼女にプレゼントするようなそぶりでそれとなく見ていた。
ここで店員に声をかけられると振り切るのもややこしいので少しだけ。でも高いな、とは桁数見て思った。

暫くして彼女はなんだか俯きがちで出てくる。眼の下が少し赤いから。…泣いていたのだろうか。
ふと亮の方を見ると。眉間に皺を寄せ何ともいえない表情をしていた。
「行こう」
近寄っていって慰めるでもなく。そのまま亮は声を掛けて仕事に戻った。
こういう時に僕は少しだけUGNの子供について壁を感じてしまう。それが同年齢であったなら余計に。
冷徹に。冷静に。任務の目的に対して感情を殺して対処するその姿に。──壁を感じてしまう。

考え事をしていた所為か。
どん、と亮の背に肩をぶつける。

悪い、といおうとして。亮の前を見る。

昼食スペースより離れたエレベータ前の小スペースに
サキさんと……向かい合っているのは僕らが探していた若い男。”永久に輝く黄金”。

ここからは少し遠くてはっきりとした声も聞こえないけれど何か言い争っている様子。
理屈も無しに僕は飛び出し、彼らに割って入ろうとする。

が。

なんだか。急速に足元の影が濃くなった。
直感的に横っ飛びに転がり──今の位置を避ける。
重い何かが振り下ろされ地響きのような音を立てる。

振り下ろしたのは頬に刀傷を持つ巨漢の男。
振り下ろされたのは『斧』。騎士が魔女を打ち払う無骨な鋼の斧。
筋肉に力を入れ。男は斧を構えなおし。立ち塞がる。

「『札の試験』中だ。お前達の相手は俺が全て受け持とう」
今、赤と白の世界にて”動いている”僕らを理解しているのか。
男はあからさまな戦意を持って僕らの前に立った。──まるで山のようだ。


「どいてください。あなたには今用は無い」
「断る」

僕が告げ。言葉は切って捨てられると同時に。僕の背後から矢が雨のように男に向かった。
北条が『力』を込めて立て続けに弦を弾いた代物。──速射。
技量によっては軌道が乱雑にも飛距離が短小にもなるこの技はノイマンの演算能力を得て的確な急所へと導く。
足を。腕を。軌道を変え複数の箇所を貫く弓技。

それを男は斧を持ってない手で纏めて掴み取り。残るは刺さるに任せ。
飛び込んでいた僕を斧で横に薙ぎ払った。

エレベータの扉に叩きつけられる。大きく歪む。
危なかった。とっさの判断で木刀を立てて斧の刃を滑らし。柄にて当ててなければ。
今頃その重量で分断されて転がっていただろう。
──焦りから状況を甘く見ていた。
この場にファルスハーツのエージェントは一人だけではなかった。

僕らが護衛していたように。彼らもまた複数にて行動していてもおかしくは無い。彼が言っているように試験中なら監督官がいてもおかしくは無い。
ずきりと脇腹が痛む。対処・回避しきれなかった代償だ。当座は支障ないが。同じ事を繰り返したならばあの力に巻き込まれて粉砕されてしまう。
力任せに殴りつけられて芯から折れた木刀を投げ捨てる。

「皓。大丈夫？」

亮が刀を投げてくる。頷くと痛みにしかめながらその重さを確かめる。
男は足に刺さった矢を引き抜き。砂と化して無造作に投げ捨てる。

理解した。
眼前の敵は──強い。
剛力で斧を振るう。強化した肉体で防ぐ。単純で単一の力。それゆえに強い。
今にしても戦闘に高揚するでもなく。淡々と状況に当たり揺らぎは無い。
──強敵だ。


「剣の１１。黒曜の騎士」

男は名乗った。今、引くつもりはない、と指し示す為に。
その場、空にて斧を振るう。小アルカナの一枚。札の後継の選定者。

離れた亮が弓を構えたままで一瞬迷う。
僕も呼吸を整え。如何にして打破すべきか考えた。


向こうで大きな悲鳴が聞こえた。

”永久に輝く黄金”に首を手で吊り上げられ。両手両足を骨で作られた刃で貫かれたサキさんが。
ナイフを肩口にねじこめられているのが──見えた。

彼女は両目から涙を流し。誰かに助けを求めた。
それでも。──誰も来なかった。

僕らも耳を塞げなかった。
距離は遠く。壁もあって。だから無力に思った。

哄笑が響いた。


僕は。駆け出すしかなかった。
ギリっと遠くで弓弾かれる音。

再び立ち塞がった男──”黒曜の騎士”に向け走り様に──

袈裟・逆袈裟・払い・薙ぎ・天・肩・突き・そして顎………
剣術──剣道ですらない相手を打ち倒す剣の技で滅多打ちにする。ハヌマーンの齎す最速の動き。
この刀は故あって抜けない。抜けないけれど。抜けないから。
人として剣を学べど不殺を尊しと考える自分には適していて──全力で立ち向かえる！

天頂より振り下ろし、更に踏みこんで薙ぎ払う。風の中に炎を纏ってそれは吸い込まれるように叩きつけられる。
刀から伝わる鈍い衝撃。普通ならとうに倒れている。

でも。彼は。騎士は。立っていた。
僕の刀をその手で掴んで。


僕は僕自身である刀を手放し。
さらに前に。


あああああああああああああああああああああああああああああああああっ！

肘を固め。炎の力を歩む推進力に変えて。力強く叩きつけた。
ぐらりとゆらぐ黒曜の騎士。

「伏せて」

その言葉でもう力尽きて。僕は崩れ落ちるように膝をつく。
光のように矢が飛来し。騎士の胸に突き刺さった。

「──チェックメイト」

歩いて。いかないと。彼女がないてるから。
刀を支えにして僕は歩き出そうとして。

肩を貸そうとした亮ごと。
蹴りつけられた事に気づいた。

たまらず吹っ飛んで胃の中の空気を全部吐き出す。
亮は二転してよろめきながら立ち上がる。


「通さない」

シンプルな答え。
深く突き刺さった矢を再び抜き去り。血は流すに任せる。

侮りなどない。驕りもない。焦りはあれど全力で立ち向かった。
この人は──強い！


彼女の悲鳴が遠くで弱弱しく聞こえてきた。
僕は──「あそこ」まで届かなかった。

神原が思い悩んでいたのがその気持ちが今なら──よくわかる。
自分の積み重ねてきた力が無力だと知る事が──辛い。

──ごめん。
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