| −2− | |
はぁはぁはぁ…。 少女は荒い息を吐く。 唇からは血。 右肩には返しのついた矢。 はぁ…はぁ…はぁ…… 呼吸を整えると同時に流れ出た血がわたしの体温を奪う。 寒い。寒い。……寒い。痛い。寒い。 力を込めて矢を抜こうとするが、其れすらかなわず手は落ちる。 背には閉店した店のシャッター。立つ足にも力入らず崩れ落ちる。 ぼろぼろと涙が零れ落ちる。 うぁぁぁぁぁあああああああああ…… 声を上げずに泣く。 ゆっくりと雨が降り始め。遠くにネオンの光を照らす。 どうして。どうしてこんな事になってしまったのだろう。 名前をサキ。鎖希。未来を鎖により閉ざされた少女。 顔も知らない父親の敵討ちの為。夜道襲撃し。──失敗した。そう失敗したのだ。 街に突如現れる神出鬼没のジャームの群。それを退治する為に繰り出された一人のオーヴァードを狙い。 そして失敗した。 夜に紛れて自分の生み出した『鬼』は男の刀に裂かれて燃え尽き、枷を鳴らし、続けて放った『鬼』も逆手の刀によって四散した。 対峙して悟った。 自分では──敵討ちなんて出来ない、と。 其れぐらいの壁を感じた。 そう。もう距離を詰めたら炎を纏った白刃が自分を焼き。この世から消し去るだろう。 そしてその動作になんら躊躇いを感じない。 怖くなった。 そして一歩下がった。 闇より風を切って矢が飛来する。 わたしの肩に勢いよく突き刺さり。矢先はコンクリートの壁に縫いとめる。 あ”ああああああああああああああああああ 悲鳴をあげ。無理矢理腕を動かして歩き出す。 続けさまに脇腹に熱い痛み。矢。 これは強引に引き抜いて逃げ出す。逃げる。 路地裏のゴミ箱を蹴飛ばし。角を曲がり。こけて。前からゴミの山に突っ込む。 それでも逃げて。逃げて。 一つのシャッターをしめた店の前にへたり込む。 遠くで声がした。 「どうみても子供だったでしょう?なんで撃つんです?」と。 それには 「お前もステイゴールドの件は理解しているだろう?この状況で襲ってくる以上わかりきった事だ」と返し 「しかし!」と声が続いた。 「敵だとわかっている以上。容赦する必要ないんじゃないかな。追うよ」別の声も。 鬼姫は血が流れすぎて。意識はもう霞の中だった。 自分が生まれながらにして持って鍛錬し、使い続けてきた鬼の使役の力は。 何も果たせず。何も生み出せず。 この場所で。朽ちて死ぬ。 顔も見たことも無い父親はファルスハーツと呼ばれる世間一般で言う所の悪の秘密結社の一員だった。 だが彼は体が弱く親族に省みられない娘の自分の為に文字通り身を粉にして働き続けた。 そして──死んだ。この街で。語られなかった戦争の影に。一人の男に。殺された。 わたしは。──ただ。とおさんに。家族に会いたくて。 だから鬼の使役も訓練して。そして。必死にあの檻の様な家の中で生き延びてきて。 ──無駄になった。 はは。 ははは。あはははははははははははっ! 乾いた声が雨の街に響く。 UGNとよばれる彼らはわたしが欲望のまま行動し理性を持たないジャームだと判断した。 そうなのだろうか。 家族に会いたい。それだけの為に痛みに耐え。 家族の絆を感じて悲しいから。敵討ちに。 わたしは──おかしいのだろうか。 くるしくて。かなしくて。いたくて。なきたくて。それでもたよるひともなくて。 あめにうたれるだけで。てにもっているのはちでおにをよぶことだけで。 すべては。かなしいから。せかいは なくなってしまえと のろうだけのわたしは。 やがて訪れる死を待ち続けてきた。 死ぬんだ。 泣き笑いを浮かべた。 一人ぼっちで。自分の我侭で。人を裏切って呪って死ぬんだ。 だから泣いてやった。泣き虫だから。 霞がかった頭で。 刀を持った男がやって来るのを待った。 緩慢な死を待った。 薄れ行く意識で誰かがやってくるのがわかった。 あ あ 。 こ こ で。 おわる ん だ。 闇の中。 必死に叫んでいるのが聞こえた。 自分の体が持ち上げられて軽くなり。 誰かの温もりを感じた。 それは本当に温かくて。 涙が。流れた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− がたんごとん。がたんごとん。 小さな揺れ。 とすん、とわたしの頭が秋穂さんの肩に当たる。 軽く眠っていたようで。帽子のずれを直しつつ。すいませんと小さく頭を下げる。 次の駅だよ、と微笑いながら言われた。 見ていたのは。現実。 ほんの少し前の雨の日の現実。 わたし──サキがファルスハーツエージェント退治の依頼を受けていた恭平兄さんに拾われて。九死に一生を得た時の事。 恭平兄さんはわたしを見つけたことで自分の担当区域をほっぽって救命にあたった。 結果、其の時のエージェント…”永久に輝ける黄金”(ステイゴールド)は未だ見つかっていない。 話によれば、恭平兄さんの所為で取り逃がした…とも言われていた。 これは黒巣市にて発見されたステイゴールドの活動を利用して。復讐を成し遂げようとしたわたしの所為だ。 偶然見つけ傷ついたわたしを。恭平兄さんは。見捨てなかった。 わたしは。わたしの事情を。深く語らなかった。ただ家出としか言わなかった。 それでも恭平兄さんとお父さん、お母さんも。 UGNの追求もやんわりと流し、誤魔化し、わたしをかばった。 一家して何らかの理由があるかのように。わたしを護った。 そして。家族の温もりを与えてくれた。 落ちつくまで居ていいんだよ、と。 恭平兄さんの幼馴染の秋穂さんもわたしに良くしてくれた。 妹が欲しかったと笑顔でいって遊んでくれた。 本当に皆大好きだ。 失いたくない。わたしの居場所。 だから。今見た夢は悲しい夢にしてしまおうと思う。 胸に空いた寂しい、という事で。 絆を奪った者を殺すという復讐の念を。その怨嗟の連鎖を。 夢にしてしまおうと。 隣街の駅に降り立つ時に。決めた。 |
|
| [BACK] | [NEXT] |