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みーんみーんみーん。
暑い日の代名詞。蝉の音。
扇げど扇げと風も来ない。

通販で買った低反発枕を頭の下に敷いて足をベットに乗せてだらだらと
残り少ない夏休みの一日を自室にて満喫しているのは癖っ毛の少年。名を神原 恭平という。名前はまだない。



おいちょっとまて。



あまりの暑さで誰にとも無くツッコミを入れて。ぱたりと手を落とした。

室内34度。
ゆだるような熱気をかもしているが、恭平の部屋のエアコンはうんともすんとも動かない。
リモコンの電池を換えたり、指す角度を変えてみたりと一般的な事を試した後、

ひらめきゃー おれのてんせいのほんのー 

とかいいながら深夜テレビでやっていた近くにある物で何とか事件を解決する
マクガイバーとかいうものを真似てエアコン分解してみた所。

エアコン────再起不能。

となった始末。

「都合よく直せる奴とかいねぇかな…」
何か走馬灯を見ながら呟いた短パンTシャツの彼は。そう。
世界の変貌の一片。人を超えたる人。レネゲイドウィルスを宿す者。
オーヴァードと呼ばれる超人である。

20年ほど前に世界に蔓延し、人に超常の力を与えるレトロウィルス。それがレネゲイド。
其の力は強大で。人を狂わせ、容易く日常と非日常の境を歪ませるモノ。
自分が狂ってしまわないように。しがみつき。護る事で。
日常の中で自己を確立する。
そうした者の事を力を持って”向こう側”に行ってしまった彼らからはこう言われる。
──ダブルクロスと。



如何に超常の力を持っていようとも。
神原恭平という人間にはエアコン一つ直せないのも現実。
ゆだるような暑さの中。試行錯誤で力尽きた後。何をするでもなく昨日と同じ変わらない今日を過ごそうとしていた。


「恭ちゃんはいるよー…あっつ!」
少し勢いをつけてドアを開けてはいってきたのは幼馴染の少女。三浦 秋穂。家族ぐるみの長い付き合いである。
もう手馴れた様子でがたついた窓を無理矢理開けて風を取り入れる。
ふわりと熱風が差込む。午後の陽射しが恭平を貫く。
ぎゃああああと弱弱しい悲鳴をあげつつカーテンの影に隠れる。

「あきほー。おれはー。もうだめだー」
漫画本を片手にだらだらしていたままで寝転がる。

そんな様子を見ていた秋穂はぱんぱんと手を叩いて。
「はいはい。恭ちゃん起きる起きる。今日の約束忘れてる?」


みーんみーんみーん。


みーん。


「何だっけ」








笑顔で。
恭平が寝て敷いていたシーツを両手で持ち上げる。
力強く。


宙に舞い。
ふぉんぐしゃ。
机の隅に不可解な音を立てて突っ込む。
ばさりばさりと誰が置いたか不明な本の山が重なる。

みーんみーん。みーん。


みーん。








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「で。ワンモア」

「サキの服買いに行きます。ワタシはその荷物持ちです。マヂすいません。秋穂さん。勘弁してください」
「よろしい」

何故か正座させられている恭平を尻目にアイスクリームと団扇装備の秋穂が鷹揚に頷く。
サキというのは恭平の遠縁の娘。
──レネゲイドの感染者。そして覚醒者。両親をレネゲイド事件で失い。レネゲイドの魔力に魅入られた祖父に力の使い方だけを押し付けられた娘。
そしてある時逃亡し。偶然、遠縁の恭平の所に身を寄せた少女。

結果、年頃の少女としては相応の常識と感性が欠落していた。
ファッションも無頓着で未だ恭平の母や秋穂のお下がりを譲り受けている実情ではあった。

そんななか、恭平の母親がいい加減サキの服を買い足しに行くように恭平に命令する。
これも恭平が夏休み中ごろごろとする事もなく家でごろついているからの判断だろう。
恭平も男なのでそのあたりのファッションはわからないので幼馴染を頼った始末。

エアコンの修理でさっぱり約束していた事も忘れていたが。



「で。クロキューでいいの?」
「前にも言ったように。俺その辺わからないから。どっかあんの?」
「隣街なら特急ハンズあるけれど。そこならファッションフロア大きいよ」
「じゃあそうするか。じゃあサキ呼んでくるよ」
「わたしがやるから。恭ちゃんは短パンやめてジーンズはいて寝癖直してくる事。5分以内。はいスタート」
「はやくね?」
「まだわたしいるんだから下着いっちょにならない!」
「わーん。ママがおこったー」
「恭ちゃん!」

大混乱。
結局駅前のは避けて隣街のデパートに決定。
学校から自宅への直帰インドアファイターである恭平にとってはひさびさの遠出である。

みーんみーんみーん。
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